「桜ノ宮 慧梨主」プレストーリー 『愛しきお兄さまへ』

「おはようございます、お兄さま」

小声ながらも、愛らしい響きを持った声が耳へと届く。

「おはよう、慧梨主。あれ? 今日は亜梨主は一緒じゃないの?」

「え、えっと、お姉さまは用事があるからって、先に登校したみたいです」

カバンを両手で前に持ち、その少女は小走りに僕の前へと駆けてくる。
彼女の名は桜ノ宮 慧梨主(さくらのみや えりす)。
僕の遠縁にあたり、おまけに家も近所。
実際の兄妹ではないものの、なぜか慧梨主からは“お兄さま”と呼ばれている。

今年の春にこの街に越してきた僕は、十数年ぶりに桜ノ宮姉妹に再会した。
今、僕の隣にいる慧梨主と、その双子の姉である亜梨主──久しぶりに会った彼女たちは、とても愛らしい少女へと成長していた。

姉の亜梨主は快活で、学園の中でも常に注目を集める存在。
成績優秀の上に運動神経も抜群! 生徒会の仕事を手伝ったり、いくつかのクラブの助っ人を務めるなど、八面六臂の活躍をしているみたいだ。
一方の慧梨主は、顔こそ亜梨主に似ているが、性格はまるで正反対。
おしとやかで人見知りで、いつも木陰で本を読んだり、学園の裏庭にある花壇の手入れをしている。
まあ、一言でいえば、姉に比べてちょっと地味……、なのかな?

「……? どうなさいました、お兄さま。私の顔に、何かついてます?」

「あ、いやっ、別に……。今日の髪型も可愛いな、って思ってさ」

「え? え? そ、そんな、わ、私っ、可愛いだなんて……、そのっ、えっと……!」

慧梨主は一通り慌てふためいたあと、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

こういう純朴さは、いつも物怖じしない亜梨主にはない、慧梨主の魅力なんだろうな。

だけど、意外なことに……。数日前、僕は慧梨主から告白を受けた。
幼馴染みや親戚としての間柄ではなく、彼氏になってほしい、と。

『あ、あのっ! わ、私っ、お兄さまの……ことがっ……ううっ……そ、そのっ』

放課後の帰り道。足を震わせ涙声で、慧梨主はそう、話を切り出した。

『わ、私っ……お兄さまのことが……好き……なの……や、やだっ、ああっ、そ、そのっ! わ、私、何言って……! えうぅ……』

引っ込み思案で弱気な性格だと思ってたけど、まさか、慧梨主のほうから告白してくるなんて。
彼女の性格から考えると、それこそありったけの勇気を振り絞ったんだろうな……。

その告白があまりにいじらしかったのもあって、僕は申し出を受けることにした。
もちろん、慧梨主のことは嫌いじゃない。
こんなに可愛い彼女ができるなら、大歓迎だ。

こうして、僕と慧梨主は彼氏彼女の間柄として付き合うことになったんだけど……。

「あの……お兄さま。昨日は、一緒に帰れませんでしたよね。何かお忙しかったのでしょうか?」

「ん? ああ。亜梨主に頼まれて、本屋につきあったんだよ。僕の方が学年が上だから、来年使う参考書をみつくろってほしいんだって」

「そう……ですか。お姉さまと……」

「で、酷い話でさ。結局、参考書は買わずに、亜梨主がレジに持っていったのはファッション雑誌ばっかり。しかもそれ、全部家まで持たされたんだよな」

「ふふ……お姉さまらしい」

そうなんだよな……。 晴れて慧梨主とつきあうことになったんだけど、それからというもの、なぜか亜梨主が妙に僕に絡んでくる。
やれ買い物に付き合え、やれクレープ奢れだの、まるで、慧梨主の彼氏は自分の彼氏だと言わんばかりに。

「お兄さま……、私、実は今でも意外に思っているんです」

「ん……? 何を?」

おずおずとした口調で、慧梨主が会話を切り出す。

「お兄さまが……、私の申し出を受けてくれたのが、今でも信じられなくて……。お兄さまもきっと、お姉さまのほうを……、好きだと思ってたんです」

「…………」

「むかし私が好意を寄せた方は……、お姉さまのことが好きだったんです。ふふっ、無理もないですよね。地味な私と華やかなお姉さまとじゃ、月とスッポンですし……」

「何言ってるのさ! 慧梨主はもっと自信をもっていいよ。僕は慧梨主を彼女にできて、クラスメートに羨ましがられているんだよ」

「そ、そうなんですか……?」

確かに慧梨主が僕の彼女になったことで、級友からは羨望の眼差しを受けた。
しかしそれは……、慧梨主本人というよりも「あの桜ノ宮 亜梨主の妹を彼女にした」というふうに、あくまで話題の主体は亜梨主であったのだが。

正直、僕も……、緊張感をともないつつ慧梨主と一緒にいるよりも、高飛車だけど、ざっくばらんとした雰囲気を持つ亜梨主と一緒にいたほうが、気が楽というのもある。
何と言うか、一緒にいる人間を飽きさせないオーラを持っているのだ、亜梨主は。

だからといって、慧梨主をないがしろにするというわけじゃない。
一生懸命告白してくれたし、いじらしい性格は、守ってあげたいなという気持ちにもなる。
だけどまだ僕たちは、お互いに手を握ってもいない。
互いにまだ打ち解けきっていないと言うか、二人の間には、薄い緊張の壁がある感じがする。
一方の亜梨主と言えば、ふざけて僕に抱きついてくるときもあるというのに……。
いくら冗談とはいえ、あんなところを慧梨主に見られたらどうするんだよ、まったく。
……ま、イヤではないんだけど。

「そ、そうだお兄さま。休日にお時間があれば、一緒にどこかにお出かけしませんか?」
「いいね。テスト期間が終わったら、気分転換に出かけるのもいいな。そう言えば昔は一緒に、よく動物園とか行ってたよね」

「ええ、覚えてます。またお兄さまとお出かけできるなんて、夢みたいです」

「そんな大げさな。んじゃ、何かしら計画を立てておくからさ」

「は、はいっ、楽しみにしてます」

可愛らしい恋人・慧梨主と、何故かモーションをかけてくる小悪魔的な姉・亜梨主。
今の僕は……、この微妙な関係を、なんだか気に入っている。

「お兄さまとお出かけ……とっても楽しみです」「私を選んでくれたお兄さま。お姉さまじゃなく、私を……」「お兄さまには、私だけを見ていてほしい。だって、初めて出来た恋人……だから……」「私だけを……ね、お兄さま……」
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