「朝倉 巴」」プレストーリー 『運命のいらずら』

「おいおい、何で巴さんが俺のペットボトルを飲んでるんですかねー?」

「えっ、だって先輩、これ休憩所に置きっぱなしだったから、もう飲まないかなぁって思って……、あ、あはは、怒った?」

瞳を潤ませながら、俺を見上げているこの娘の名前は朝倉 巴(あさくら ともえ)。
1ヶ月くらい前に、バイト先のファミレスに入ってきた後輩だ。
色素の薄い長い髪に小柄で華奢な体つきの彼女は、正直言って人なつっこく、かわいい。
と言うか、その幼い外見を好みと言ってしまうと趣味的に危険な気もするが、年齢は俺とさほど変わらないはずなので、問題はないはずだ……、たぶん。
そのうえ巴は、バイトに入った直後から「ねーねー、先輩。聞いてくれますか?」と、暇さえあれば俺に話しかけて来るのだ。
「俺はコイツと幼なじみだったのか?」と錯覚してしまうほど慕ってくれるのは、男として悪い気はしない……。

ただ、困ったことに巴は、時折奇妙な行動を見せる。
突然俺の座っていた椅子にほおずりしたり、脱ぎ捨てたユニフォームに顔を埋めていたり……。
「おまえ何してるんだ?」と問いただしても、「あははは」って笑うばかりで、ふざけているのか天然なのか、さっぱりわからない。
さっきだって、目を離した隙に俺の飲みかけのペットボトルを勝手に飲み始めたりと、行動が読めない。

まぁ、それはそれで可愛いところあるし、クリッとしたあの大きな瞳で見つめられてしまうと、俺はそれ以上詮索することは出来なかった。

「ねぇ、そういえば先輩。先輩は……、運命とか前世とかって信じる?」

いつものように、バイトから一緒に帰る道すがら、会話の途切れた一瞬、彼女がそう言った。
運命論や前世論のような生まれる前から決められていた出会いについて、俺は否定はしないが、具体的に考えたことはない。
むしろ、恋愛はその時その瞬間の気持ちで決めたいし、運命なんかであらかじめ相手が決まっているなんて、味も素っ気もない。

俺が答えに詰まった一瞬、

「ふふ……。運命なんて、ウソ、ウソ! それより先輩」

「……先輩のこと、大好きなの……。ボクと付き合ってくれませんか?」

そう言って、彼女は俺を見上げた。

あまりにも唐突な彼女の告白に戸惑ってしまった俺は言葉が出てこなかった。
俺を見つめる彼女の顔が、みるみる紅潮してゆく。
唐突のように見えた告白は、実は彼女にとって精一杯の勇気を振り絞ったものだったのだ。

「……返事は……、すぐじゃなくていいから……ね。今度会ったときに聞かせて……」

彼女はそう言ってくるりと踵を返すと、目の前から走り去っていった。
俺は、その彼女の後ろ姿に声を掛けることが出来ず、呆然と見送ることしか出来なかった……。

数日後。
バイトが終わり裏口を出ると、今週は休みだったのはずの巴が立っている。
あの告白の夜以来の再会だ。

「巴、あ、あのさ。この前のことなんだけど……」

「ねー、先輩。これから、ちょっとボクに付き合ってくれない?」

「え? どこへ?」

「いーから、いーから!」

気まずい気分でいる俺のことなんかお構いなしに、巴は俺の手を引っ張ると、ずんずん歩き出した。
電車に乗って連れて行かれたのは、渋谷駅前にある大きなファッションビル。
中に入ってみると、男一人ではたぶん一生拝むことのない、フリフリの女性服ショップが並んでいる。
ドレスにアクセサリー、部屋着に下着まで、すべてが極彩色で彩られ、フリフリしている。

「ちょっと待っててね……」

そう言って巴は、俺の手を離すとその中でも、一番派手なフリフリショップへと駆け込んでいった。

「どーお先輩、この服?」

しばらくして巴は、まるでクラゲが幾重にも折り重なったような無数のフリルがついた、紅いヒラヒラの服を持ってきて、両手で胸にあてがった。

「ど、どぉって何が?」

「この服ね、先輩好きかなーって?」

「い、いきなり聞かれてもさぁ、わかんないよ……」

「先輩が好きかどうかだけでいいの!」

「う、う〜ん。どうかなぁ……」

「じゃあ、こっちはどうかな……?」

結局、閉店までかかって、服を何着かとカチューシャのほか、2個で千円のピアスを買って渋谷を後にした。

「今日はつきあってくれてありがと、先輩。前のお気にの服が、めちゃ汚れちゃってね、どうしようかなって思ってたんだ。でも、先輩のおかげでいろいろ買えたし、すっごく楽しかったよ!」

「そりゃ良かったな。でもさ、もう服選びは勘弁してくれるか? 大の男が、女の子に囲まれてあんなところにいるだけでも、顔から火が出るくらい恥ずかしかいんだぞ」

「そんなことないよ。男だって気の持ちよう! 絶対、また誘っちゃうからね〜〜!」

そう言って彼女は屈託のない表情で笑うと、両手を広げ軽いステップで、くるくると俺の前に踊り出た。

「……それでね、先輩。この間の……、返事なんだけど……」

次の瞬間、俺の背後で大きなクラクションの音が鳴った。
甲高いブレーキの音が響き、続いて激しいエンジン音、驚いて後ろを振りかえると、交差点の中で急停車した車が見えた。
それを避けるように、一台の乗用車が、大きく蛇行しながらこちらへ向かってくる。
まぶしいほどの車のヘッドライトが、俺を照らす。
トラックは、左右に蛇行しながら、俺の方へと向かってくる。
突然のことで足がすくんで、動くことが出来ない。

車はすぐ目の前に迫ってきて……。

「エ$シ▲*、あぶなーーーーーーーいっ!!!!!!!!!!」

どんと、不意に後ろから押されると、その勢いで前のめりに道路へ転がった。
次の瞬間、車がものすごい勢いで後ろを通り過ぎてゆく。

車はエンジン音を響かせながら、そのまま夜の暗闇へ走り去っていった。
ようやく起き上がり辺りを見回すと、道路に巴が倒れていた。

俺を助けようとして、逆に自分が車にぶつかってしまったのだ。

「巴っ!」

慌てて、彼女に駆け寄り抱き起こすと、額から真っ赤な血が流れ、意識は朦朧としているようだった。

「……エ……、ああ、せんぱい、……け、怪我……は、ない……?」

「あ、ああ。巴のおかげでなんともない! それより巴は……」

「……よかっ……た……、だ、大好きな……せんぱいに何か……あったら……ボ、ボク……」

「しっかりしろ巴!」

そんな、俺なんかをかばってこんなことに……。
このまま巴が死んじまったら俺は……!

「巴っ! こんなところで死んでる場合かっ! 俺のことが好きで俺と付き合うんだろっ! 付き合ってやるよっ、お前のことが大好きだっ! だから気をしっかり持て!」

「……ほんと? せんぱい……大好き……」

俺は彼女をぎゅっと抱き寄せた。

「…ル……オン」

腕の中で彼女が、なにか呪文のような言葉を呟いたような気がした。
しかし、近づいてくる救急車のサイレンの音で、それを聞き取ることは出来なかった……。

「痛っ、あいたたた……」「やっぱり現世じゃ、防御結界も上手く機能しない……。思ったよりダメージが大きいかな……」「先輩、ボクのこと抱きしめてくれた……災い転じて……かな?」「でも、体のことバレなくてよかった……。今のボクが男性体なのを知られるのは、まだ早いもの……ね……」
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