「桜ノ宮 亜梨主」プレストーリー 『女王様と僕』

「売り切れる前はぜんぜん興味なかったけど、売り切れるとわかったら、欲しくなるものってあるわよね」

ティースプーンで抹茶オレをかき混ぜながら、可憐な顔立ちの少女──桜ノ宮 亜梨主(さくらのみや ありす)は、そう呟いた。

放課後が始まって早々に、僕は亜梨主に「ちょっと付き合ってよ!」と、駅前にあるケーキショップへと強制連行された。
なんでも、期間限定のスイーツプレートが出るということなので、ぜひ賞味しておきたいということだった。

……もちろん、その資金源は僕の財布なのだが。

「アンタはないの? 興味なかったモノでも、手に入らないとわかった途端に欲しくなっちゃうってコト」

「そうだなあ。あまり考えたことないかも……」

「フツー考えるでしょ! 普段から頭使ってない証拠ね。アンタの脳細胞も可愛そうねー、ダメなご主人持って嘆いてるわよ、きっと」

「そ、そこまで言うかな……」

物怖じしないその毒舌に、思わず僕は苦笑いを返した。
亜梨主と僕は遠い親戚の間柄。
僕が先日この街に越してきたことで、十数年ぶりに再会を果たした。
彼女には双子の妹がいて、名は慧梨主という。
勝ち気で行動的な亜梨主とは反対に、慧梨主は引っ込み思案で気弱な性格だ。

そして……。表向きでは、僕は慧梨主と付き合っていることになっている。
つい先日、僕は慧梨主から突然の告白を受けた。
今まで妹みたいに思っていた慧梨主から、ひとりの男として慕われていたなんて想像もしていなかったけど……。
一生懸命に言葉を紡ぐ慧梨主の顔を見ていると、その告白を拒否することはできなかったんだ。

「ん……。この桃のタルト、なかなか美味しいな」

亜梨主に引っ張られて入ったケーキショップだったが、オーダーしたスイーツはなかなかの絶品。
普段、あまり甘いものを食べない僕でも、たちまち虜になってしまった。

「へぇー、気に入ったんだ。なら、あたしのもあげるわよ。はい」

そう言うと、亜梨主はタルトが半分残った皿を僕のほうへ寄越した。

「え? もらっちゃっていいのか?」

「か、勘違いしないでよね! ダイエットよ、ダ・イ・エッ・ト。別にアンタを喜ばせようとしてるわけじゃないんだからね!」

ぷいっと顔を背けたあと、亜梨主は口元に抹茶オレを運んだ。
晴れて慧梨主と恋人同士となったというのに……、何故か僕は、姉である亜梨主と、以前よりも親しくなっていた。
恋人であるはずの慧梨主と過ごす時間よりも、亜梨主と過ごす時間のほうが確実に長くなっているのだ。

慧梨主と亜梨主を比べてはいけないと、頭ではわかっているのに。
顔立ちが似ている双子の姉妹ゆえか……、どうしても二人の違いを比べてしまう。
慧梨主にはない快活さ、人を引き込む話術、力強い光を湛えた瞳──。
ちょっと素直さに欠けた勝ち気な性格だけど、それすらも亜梨主の魅力を引き立てるスパイスとなっている。
そう……。
僕は、慧梨主という彼女がいながら、少しずつ亜梨主にも惹かれていたのだ。

慧梨主に告白を受けてから数日して、亜梨主に質問されたことがある。

『ね、もし、あたしと慧梨主が同時に告白してたら……。アンタ、どっちを選んでた?』

『う、ええっ!?』

『ねぇ……、どっち?』

『も、もちろん……、慧梨主だよ。誰かさんと違って素直だし、優しいし……』

『へ〜〜〜。……そ・れ・は、悪うございました……ねっ!』

『ぐはっ!』

答えを聞くなり、亜梨主は僕の足をブーツの踵で思いっきり踏みつけた。
あの痛みは……、マジ踏みだったな……。

慧梨主の告白を受け入れた建前として、亜梨主には『慧梨主を選ぶ』と答えたものの……。
実際、二人から同時に告白されていたら、僕は……。

(亜梨主を選んでいたかも……しれない……)

そんな際どい質問をされてから、以前にも増して亜梨主は僕に絡んでくるようになった。
慧梨主がいる手前、表立って行動はしないものの、人目を触れず、僕たちの仲は親密になっていったのだ。

亜梨主にどういう意図があるのかは、わからない。
慧梨主と僕が付き合うことは、亜梨主自身も公認しているハズなのに……。

そして先日の放課後、僕と亜梨主は初めて──キスをした。

『したいの? したくないの? わ、あたしがいいっていってるんだから、さっさとしなさいよっ!』

「慧梨主とキスをするときの練習をさせてあげる」と切り出した亜梨主の態度が、妙にいじらしかったという理由だけじゃない。
彼女の唇に興味があったのも……、事実なんだ。

夕日の朱に染まった渡り廊下で、恋人の姉と……、僕は口づけを交わしてしまった。

『はい、キスしたからには、今後はあたしの下僕決定ね!』

『え、ええっ!? なんだよ、それ!』

『とーぜんの対価でしょ。反論禁止ね。アンタは慧梨主の彼氏であり、あたしの下僕でもあるのよ。今後はあたしの命令に従うこと☆』

『ちょ、ちょっと待ってよ、どうしてそうなるんだよ!』

『ぐすん……、あたしとのキス……イヤ……だった?』

『う……』

『ハイ、それじゃ決定〜♪』

潤んだ瞳で見られたら、もう言い返せはできなかった。
こうして、慧梨主には内緒で、よくわからないうちに僕は亜梨主の下僕として付き従っている。

「じゃあ、次の店にいくわよ!」

「ええっ、まだ行くの!?」

「あったり前じゃない。あと二軒は回るからね!」

いつの日か、下僕から彼氏に格上げされる日は来るんだろうか。
……って、それはマズイだろう!
僕の彼女は、あくまで慧梨主なんだから。

やれやれ、僕は一体どうなるのやら……。

「……どうして、あたしじゃなくて慧梨主にばっかり男が寄ってくるわけ?」「慧梨主は男が苦手のはずなのに……。そんなの、おかしいわよ」「まさか、アイツも引っ越して来て早々、慧梨主になびいちゃうなんて……」「でもお生憎様。あたしの魅力で堕とせない男はいないのよ。今度もきっと……ね。……ふふっ」
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